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健康情報誌「消化器のひろば」No.10

健康情報誌「消化器のひろば」No.10

 ずばり対談= タレント・自然暮らしのマスター・オブ・マスター 清水 国明/東京慈恵会医科大学外科准教授 同大学附属柏病院外科・手術部長 三澤 健之

TVドラマ「ドクターX」が高い視聴率をたたき出しています。人気のカギは米倉涼子が演じる天才外科医・大門美知子の神(かみ)ってる「メスの切れ味」にあります。ドラマではしばしば肝臓・胆管・膵臓の病気の治療に選択される高難度外科手術(こうなんどげかしゅじゅつ)が登場します。この難しい手術は時に患者さんに新たな人生を拓きます。清水国明さんは与えられた「命」を慈しみながら痛快きわまりない術後生活を送っています。「ずばり対談」は、この重くて興味深いテーマに取り組みました。

(2016年11月25日収録)

三澤
お久しぶりです。清水さん、私のことを覚えていますか? 2009年4月6日に清水さんの十二指腸(じゅうにしちょう)の乳頭部(にゅうとうぶ)にできたがんを手術しました慈恵医大の三澤でございます。

清水
わはっ、いきなりギャグですか。命の大恩人を忘れるわけがないでしょう。講演会では、「今、生きているのは三澤先生のおかげです」と3回以上言うことにしていますよ(爆笑)。

三澤
今日は二人で漫才をやっている場合ではありません。主催者の日本消化器病学会から、清水さんの発病から現在に至るまでの経過を医学的にきちんと説明し、さらに膵頭十二指腸切除術(すいとうじゅうにしちょうせつじょじゅつ)などの難しい高難度外科手術(こうなんどげかしゅじゅつ)についてもやさしく解説するようにと言われています。

清水
「とっておきの話」をしゃべれとも(笑)。

三澤
清水さんの病気は十二指腸乳頭部(じゅうにしちょうにゅうとうぶ)がんです(図1)。十二指腸の乳頭部にできるがんを特にこう呼びます。

清水
たまたま受けた人間ドックで十二指腸に“ぐりぐり”が見つかり内視鏡で切除しました。ひと安心しましたが、取った組織を顕微鏡で調べる病理検査で、がん細胞が見つかり三澤先生に手術をお願いすることになりました。オートバイレースの事故で全身麻酔手術9回の経験者も、「がん」の宣告は大きなショックでした(沈)。

三澤
十二指腸乳頭部がんは手術ができたとしても5年目の生存率は平均約50%です。がんが最も進んだⅣb期では0%。幸い清水さんは生存率90%以上のⅠ期の早期がんでした。

清水
初めてお話ししますが、手術の1年ほど前から脂っこい物を食べると胃のあたりが痛みで七転八倒(しちてんばっとう)しました。背中をたたいてもらうと収まってくるので、自分で対処法を見つけてやろうと。“野生派”が売りの清水国明が“痛いのかゆいの”を公表するわけにはいきません。

三澤
そんな話は聞いていませんよ(怒)。十二指腸は胃と空腸(小腸)をつなぐ30㎝ほどのC型の消化管です。十二指腸に続く空腸~肛門は10m近くあります。地味な臓器だけど芸能界での清水さんと同様に存在感がありますね(図2)

清水
うれしいなあ。お世辞ですか(喜)。

三澤
膵臓(すいぞう)で分泌された膵液(すいえき)(蛋白消化液)は膵管(すいかん)を通り十二指腸へ出ます。肝臓で作られた胆汁(たんじゅう)(脂肪消化液)は一時胆嚢(たんのう)にたまり濃縮され、食事をすると胆管(たんかん)を経て膵管と合流し大量に十二指腸へ出てきます。消化液は内容物(ないようぶつ)(食べた物)と混じり合って栄養の吸収を促します。痛みはがんで開口部(乳頭部)が狭くなり管の内圧が上昇したため生じました(図3)

清水
十二指腸は胃腸と同じ消化管なのに消化管外科医(しょうかかんげかい)ではなく、肝胆膵外科医(かんたんすいげかい)の三澤先生が執刀されましたが。

三澤
乳頭部にできたがんの多くは膵管・膵頭部や胆管などに浸潤している可能性があるので高難度手術の膵頭十二指腸切除術を行います。膵臓がんの6〜7割を占める膵頭部がん、胆管がんなどの治療に選択される標準的な術式です。消化器の手術の中で最も難しく、また侵襲(患者の負担)の大きい手術の一つです(図4)。若い頃、この手術をやりたくてうずうずしていましたよ(笑)。

清水
消化管の手術は分かりやすいですね。胃や腸にできたがんを切り取って、その後、切り離した消化管の端と端をつないで内容物の通り道を新しく造る(再建する)わけですね。

三澤
膵頭十二指腸切除術は開腹手術(かいふくしゅじゅつ)から始まり、幽門輪(ゆうもんりん)の切離(せつり)、門脈系静脈(もんみゃくけいじょうみゃく)の剥離(はくり)、肝十二指腸間膜(かんじゅうにしちょうかんまく)・総肝動脈周囲(そうかんどうみゃくしゅうい)の郭清(かくせい)、膵臓(すいぞう)の切離(せつり)など多くの複雑で細かい手術を行いました。清水さんの場合、胃の幽門(出口側)の5分の1、十二指腸全部、空腸の一部、膵頭部、胆嚢全部、胆管(中下部)、リンパ節、神経叢などを切除しました(図5ab)。その後、膵液と胆汁の新しい通り道を造るための再建術を行いました。まず切り離した空腸を引っ張ってきて極細の膵管、胆管をつなぎ、最後に胃を空腸の一番下のところ(肛門側)につなぎました(図5cd・図6)。この処置で内容物が膵管と胆管の縫合部に触れることなく、やがて3つの臓器は空腸に完全につながり、これで消化器の機能はもとに復しました。周囲に多くの動脈や静脈が走っており細心の注意が必要です。手術の教科書には「血管の剥離に際しては出血をみることがある。指一本で圧迫止血できるが、慌てて針糸をかけると血管が裂けて止血できなくなる」などと書いてあります。

清水
怖っ。痛みがオートバイ事故よりはるかに重かったのは大工事のせいだったんですね。

三澤
術後、膵管と空腸の縫合部から膵液がほんのわずかに漏れ、我慢強い清水さんが痛みで涙をみせました。

清水
そんな私を見て、先生も「痛いね、痛いんだ、これは」と言い、目に涙を溜めておられました。信頼感が一気に深まり、たとえ手術が失敗しても責めるのはやめようと思いました(沈)。

三澤
ドクターXの決め台詞(ぜりふ)をお返ししましょう。「私、失敗しないので」(笑)。

清水
手術は7時間でしたね。芸術品ですよ。

三澤
うれしいなあ。お世辞ですか(喜)。

ここからは清水さんと大きな手術に際しての心構えを話し合います。まず術後の楽しい計画をたてることで痛みも食欲不振も軽くなります。

清水
僕の人生観は「万一を恐れて小さく生きるのではなく、やりたいことを全部楽しんでから死ぬ」というものです。鈴鹿サーキットでのバイク走行、琵琶湖での魚釣り、ゴルフ(ハーフ)を30台で回る、お姉ちゃんとのお楽しみ――を術後1ヵ月で完全制覇しましたよ(笑)。

三澤
術後2週間で退院して膵液の排液バッグをお腹からぶらさげてサーキットを時速300km近くで走りました。主治医としては医学的にも倫理的にも(笑)、許可し難いのですが、清水さんは「これが最高のリハビリ」と言い、「自己責任で」と懇願されました。

清水
助けていただいた命を大切にして、先生の言われるようにプロのボランティアとして頑張ってきました。

三澤
私は治った患者さんに「せっかくの命ですから何か社会のお役にたつようなことをしてください。自宅前の道路掃除をお隣へ広げるとか」と言っています。一つの命からたくさんの花が咲きます。医者冥利です。

清水
2011年の東日本大震災後はフル回転で動いてきました。11年だけで福島で被災した子供たちをバスで私のキャンプ地(山梨県河口湖)へ64回運び避難させました。常時300人くらいいましたね。

三澤
清水さんは主治医を超えて大学教授になられました(笑)。

清水
大震災を機に山梨学院大学からプロボランティア養成講座「自然災害を生き抜く力」(現代ビジネス学科)の客員教授に任命されまして、もう5年間も続けています。

三澤
清水さんは特別の患者さんです。読者の方は“いいところだけ”を参考にしてくださいね(笑)。

構成・高山美治

プロフィール

清水 国明(しみず くにあき)

清水 国明(しみず くにあき)
1950年、福井県大野市生まれ。タレント、歌手、作家、冒険家、実業家。1973年、原田伸郎とのデュオ「あのねのね」として歌った大ヒット曲「赤とんぼの唄」で芸能界デビュー。76年、京都産業大学卒業。元国際A 級ロードレースライダー。83年に鈴鹿4時間耐久レース(4耐)に初出場。90年に8耐に初参戦し鎖骨を骨折しながら完走した。90年代からアウトドア派としての活動を始める。釣り、キャンプ、ログハウスづくり、有機農業、焚き火、救急救命処置など「自然暮らし」の経験を、著書・エッセイ・講演・テレビ・ラジオなどで伝えている。2003年、山梨県河口湖に移住。05年、「森と湖の楽園」を開設。07年、23歳年下の敬子さんと結婚。夫人との間に長男・国太郎くん(10)がいる。

三澤 健之(みさわ たけゆき)

三澤 健之(みさわ たけゆき)
1986年、帝京大学医学部卒業。1992年、東京慈恵会医科大学大学院卒業。実母の膵がん発症を機に肝胆膵、特に膵臓外科医を志す。慈恵医大外科診療副部長・准教授を経て現職。日本外科・消化器外科・肝胆膵外科などの各学会指導医、日本消化器外科・内視鏡外科・肝胆膵外科などの各学会評議員を務める。米国外科学会会員。ノースカロライナ大学客員教授。日本肝胆膵外科学会の「高度技能指導医」として実母や著名人などの数多くの患者さんを高難度手術で治療する一方、若手専門医の育成・指導に当たっている。

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