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健康情報誌「消化器のひろば」No.11

健康情報誌「消化器のひろば」No.11

 ずばり対談 ゲスト・ニュースキャスター 辛坊 治郎/公益財団法人 田附興風会 医学研究所 北野病院消化器センター消化器内科 主任部長 八隅 秀二郎

「病気」を「治癒」へ導くプロセスは推理小説の謎解きに似ている。病気という名の“犯人”は唐突に健康人を訪れ、病人に仕立て上げ、苦痛や苦悩をもたらし、時に命を奪い、平然と去っていく。“犯人”捜しは問診から始まり、諸検査・確定診断・治療方針の決定を経て、治療が始まる。医師は重い試行錯誤を重ねながら“犯人”にたどり着く。対談のゲスト・辛坊治郎さんは自身の十二指腸がん=犯人を“内視鏡の一発切除で逮捕”と信じてきた。が、その全経過を知る八隅秀二郎先生が明かしたプロセスは、まさに「謎解き作業の連続」であった。辛坊さんは2017年12月19日に「術後5年」を迎える。

(2017年4月15日収録)

幸運が重なって

八隅
『ずばり対談』の担当者から司会・進行を務めるように言われています。

辛坊
司会は私の本業です。交代しましょう。

八隅
よかった(安堵・笑み)。でも、辛坊さんが私どもの病院へ来られた経緯は伺いますよ。

辛坊
2012年の夏に「ブラインドセーリング・プロジェクト」という2ヵ月予定の企画が持ち込まれました。視覚障害者の岩本光弘さんと私がヨットで太平洋横断に挑戦するという世界で初めての試みでした。

八隅
あの日本中を騒ぎに巻き込んだ大事件、、、(笑・4頁のコラム)。

辛坊
スポンサーもメディアもついていませんでしたが、すぐに承諾して、まず、かかりつけの人間ドックを受診しました。体に具合の悪いところはありませんでした。

八隅
賢明な選択だと思います。

辛坊
受付で標準コースを希望したら、受付嬢が「辛坊さんケチやわぁ。5000円の追加料金を払えば内視鏡検査が受けられますよ」と勧めたんです。標準コースは X線透視とうし(バリウム)検査です。オプションコースはがんが透視より見つかりやすく、スコープが細くて嘔吐反応が起こりにくい経鼻けいび内視鏡検査です。万一のことを考え勧誘に乗りました(笑)。

八隅
幸運が重なりましたね。太平洋横断企画に備えて人間ドックを受け、受付嬢の勧めで内視鏡検査を選んだことが十二指腸がんの早期発見につながったのですね。

辛坊
検査はノリのいい医師がやってくれました。「はい、食道入ります。辛坊さん、食道が赤い。逆流性食道炎です。ご飯食べて直ぐに横になったらあきません」。「次、胃。むちゃくちゃ奇麗。焼肉にしたらおいしそう」(爆笑)。しかし、「次は十二指腸」と言ったきり、後は「封筒の中に写真が入ってます。これを持って病院へ行って」の一点張り。それで北野病院へ駆け込みました。(図1)

図1 十二指腸と周辺臓器

八隅
人間ドックの内視鏡検査医の腕が確かだったから十二指腸がんが疑われ、内視鏡手術へと進んだと言えます。経鼻内視鏡で十二指腸がんが見つかったとのことですが、がんが十二指腸下行脚かこうきゃく上部の見つけやすい場所に存在していたこと自体がとても運がよかったと言えます(図4)。他の場所だったら見つからなかった可能性もあります。十二指腸がんは希少きしょうがんと呼ばれるように発生頻度が比較的低いので、十二指腸の入口の球部きゅうぶまでしか観察しない医師がいるのも事実です。

図4 辛坊治郎さんの十二指腸がん

辛坊
そうですか。昵懇じっこんの著名人に勧められ、「北野健康クラブ」にいやいや・・・・入っていたことも大いに幸いしました(笑)。その年の暮れに入院して河野孝一朗先生に内視鏡手術を受けることになりました。検査の合間を縫ってレギュラーのTV番組に出て、「私のように早期に見つければ難しいがんも内視鏡で取れますよ」とコメントしたことを覚えています。

八隅
希少な十二指腸がんも、「早く見つけて適正に治療」すれば治ります。このがん診療の大原則を広く周知させた辛坊さんの功績は大きいですよ。河野先生は私の診療部門に属したベテランの医師です。辛坊さんの病状については報告を受けており、治療方針に問題のないことを確認していました。彼の内視鏡手術件数は数千例あり、これが基礎情報の少ない十二指腸がんの診療に活かされました。現在は別の病院へ移られています。

辛坊
内視鏡手術はがんに輪っかを引っかけてバツンと切り取って終わり(笑み)。鎮静剤の注射をして約20分の処置でした。

八隅
辛坊さん、「バツンと一発切除」で、対談は終わりませんよ(笑)。がんが長径10㎜の小さな段階で見つかった辛坊さんの強運が命を救いました。お話を原点に戻しましょう。

辛坊
対談はこれからが本番ですね(笑)。

八隅
消化管のがんは管の表面の粘膜に発生します。時間の経過とともに、がんは十二指腸の「壁」を深く浸潤しんじゅん(浸みこむように周囲に拡大)していき(図2)、次の粘膜下層に達すると周囲のリンパ節転移が始まります。深達度しんたつどが進むに従って転移の頻度は上がり、他臓器へ転移したりしますが、最後は周辺臓器へ浸潤します。がんが最表面の粘膜に留まっている「粘膜がん」は、がんが周囲のリンパ節に転移している確率はゼロなので内視鏡手術で100%治ります。辛坊さんのがんは粘膜がんでした。なお、十二指腸がんには臨床上の集積データが少なく、他の消化管がんのような「早期がん」、「進行がん」の分類はできておりません。

図2 十二指腸の壁がんの進み方(深達度)

辛坊
そこで、がんは簡単に取れたと。

八隅
いや、十二指腸がんはそう簡単にはいきませんよ。十二指腸の壁は薄くてもろいので、穿孔せんこうや出血がしばしば起こります。さらに十二指腸には乳頭にゅうとうを経て膵液と胆汁が流れ込みますので、検査中にうまく切除できても切除後の潰瘍底かいようてい(潰瘍の深部)が消化されて穿孔を起こすことがあります。辛坊さんの十二指腸がんは長径が10㎜だったのでEMR(内視鏡的粘膜切除術ねんまくせつじょじゅつ)で十分切除できる可能性が高いと判断しました(図3)。15~20㎜以上になると、EMRではがんの一部が残る可能性があるので胃がんの手術などに選択されるESD(内視鏡的粘膜下層剥離術ねんまくかそうはくりじゅつ)がしばしば行われますが、穿孔や出血発生頻度が高くなります。辛坊さんの場合、十二指腸がんの術後の合併症を考慮して8日間の長期入院となりました。大腸ポリープ切除では、通常、1~2泊の入院になります。

辛坊
がんが進むとどうなりますか。

八隅
がんが粘膜下層より深く浸潤すると、深達度に比例してリンパ節転移の頻度が高くなっていきます。十二指腸は膵臓に隣接しているので、転移しているリンパ節を郭清かくせい(切除)するためには膵臓の頭部とうぶも一緒に切除を必要とします。そこで膵頭すいとう十二指腸切除術という高難度こうなんど外科手術を追加します。

「20分」と「10時間」の手術

辛坊
私が十二指腸がんの手術を受けた3年ほど前に、先の著名人が十二指腸のがんの治療で受けた10時間を超える大手術が成功して、大きな話題になりました。実は、あのエピソードが私のがんへの不安を和らげてくれたのですが、なぜ、同じ十二指腸にできたがんの治療が、「バツンと一発切除」と「命がけの10時間手術」に分かれるのですか。

八隅
胃に続く十二指腸には、胆汁と膵液が胆管と膵管を通じて流れ込む十二指腸乳頭があります(図4)。胆汁は肝臓が、膵液は膵臓が産生する消化液です。辛坊さんのがんは十二指腸入口近くの粘膜がんでした。ですから、リンパ節転移はしませんので、がんを残さないように粘膜ごと切除すれば問題は解決します。ところが、10時間手術のがんは十二指腸乳頭にできており、もう少し奥の胆管にも進展していました。内視鏡では十二指腸内腔ないくうに突出した乳頭しか切除できませんので、先の膵頭十二指腸切除術が必要になりました。

辛坊
がんがもう5㎝ずれて十二指腸乳頭にできていたら同じような手術をしなければ救命できなかったそうですね(図4)

八隅
十二指腸乳頭以外にできた十二指腸がんも粘膜下層に浸潤すると、やはり膵頭十二指腸切除術が必要になることはお話しした通りです。十二指腸と乳頭を切除した後は食べた物と胆汁と膵液がきちんと流れ、混じり合って消化できるように胆管と膵管を空腸(空腸は図1を参照)に付け替えます。とても複雑な手術ですので、手術時間は長くなります。

辛坊
大きな川に小さな支流が流れ込む。その合流点にトラブルが起こって支流の上流流域に大きな被害が出そうだ。これが10時間手術のがん。本流の一部にトラブルが起こって部分的な被害が出そうだ。これが私のがん。これを簡単な工事で修復した。こんな理解で良いですか。十二指腸がんの診療には粘膜がんでも厳しい判断と高い医療技術が要求されることがわかりました。私の場合、運によるところがとても大きかったこともわかりました。これだけの高度の医療体制が整った日本に生まれたことを幸せに思います。そして北野病院の先進的で懇切な診療に感謝しています。

八隅
2017年12月19日に術後5年になりますね。もうがんは完全に治ったと言えます。ますますのご活躍を期待しています。

辛坊
ああ、5年になりますか。長時間のご講義をありがとうございました(笑)。

構成・高山美治

プロフィール

辛坊 治郎(しんぼう じろう)

辛坊 治郎(しんぼう じろう)
1956年、鳥取県米子市生まれ。出身は大阪府岸和田市。80年、読売テレビ(YTV・大阪市)に入社。看板アナウンサーとして活躍し、解説部門へ異動後は「日本一よく分かるニュース解説者」として人気を博した。02年、人気番組「たかじんのそこまで言って委員会」の司会を始め、今も後継番組の「そこまで言って委員会NP」の議長を務めている。現在、ニュースキャスターとして、TV番組「朝生ワイド す・またん!」、「ウェークアップ!ぷらす」、ラジオ番組「辛坊治郎ズーム そこまで言うか!」などに出演中。「ブラインドセーリング・プロジェクト」は出港から6日目にヨットが鯨に体当たりされ船底に穴が開いて沈没し、海上自衛隊により救助された。週刊誌上で『2013年度テレビお騒がせ大賞』に選出された。事故後、海上保安庁の海難救助活動に500万円を寄付。「ソツなくTV界に復帰した」愛されるお人柄である。著書多数。

八隅 秀二郎(やずみ しゅうじろう)

八隅 秀二郎(やずみ しゅうじろう)
1990年神戸大学医学部卒。同年神戸大学医学部老年医学講座入局(千葉勉教授・当時)。奈良県・天理よろづ相談所病院で初期研修。96年千葉教授が京都大学医学部消化器内科学講座教授に着任時に同大学大学院入学。2000年医学博士。05年消化器内科学講座講師。07年北野病院消化器センター内科副部長。08年消化器センター内科主任部長。専門は胆膵疾患の診断および治療。13年より大阪市北部で早期膵癌を発見するために近隣の病院および医師会と草の根運動を展開中。

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