一般のみなさまへ

健康情報誌「消化器のひろば」No.17-1

FOCUS 新型コロナウイルス感染症と日本消化器病学会

難しい感染症とうまく付き合いながら消化器病診療を維持・向上させていく

 我が国、そして世界中が新型コロナウイルスSARS-CoV-2による感染症であるCOVID-19に苦しめられています。7月21日現在、我が国の感染者は26,476人、死亡者は989人と大変な状況ですが、それでも欧州や米国に比べると、まだ少ないほうと言えます。これには、ウイルスの違い、生活や社会習慣の違い、医療環境の違いなどが理由として取り沙汰されていますが、真相はまだまだ霧の中です。マスコミは種々の情報や見解を流し続けており、不安を煽る結果となっています。しかし、逆に楽観的な見解だけを信じてしまうと、自身を危険に晒すことにもなりかねません。明治~昭和初期の科学者・随筆家である寺田寅彦が、「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」という警句を発しています(寺田寅彦随筆集「小爆発二件」、岩波文庫、1948年)が、まさに言い得て妙と言えます。

 COVID-19では、呼吸器系障害、特に肺障害が最も生命予後に関わっていますが、それ以外にも循環器、腎臓などに重大な障害を起こし得ることもわかってきました。消化器系については、元々、「風邪」のありふれた原因でもあるコロナウイルス感染の特徴として、消化器症状、特に下痢の存在がCOVID-19の診断に有用であるとも言われていました。しかし、1万症例ほどの解析では下痢は7.7%、特に外来患者では4.0%と低く、悪心・嘔吐も3.6%と意外に少なく、また、肝障害については比較的軽度のものであることがわかってきました。

 現在、消化器病診療におけるCOVID-19最大の問題は、内視鏡検査における医療者への感染リスクだと思われます。SARSCoV-2の感染経路は飛沫感染、接触感染が基本ですが、発症の2日前にはウイルスの気道、唾液への排出が始まっています。内視鏡診療にあたっては、特に経口・経鼻での施行では、密閉された空間においてエアロゾルによる医療者への感染リスクが高まります。実際に内視鏡医療者への感染、そこからの2次感染(クラスタリング)も起こっています。このため、現在、多くの施設において「不急」の内視鏡検査は控えられています。

 また、COVID-19患者を受け入れている施設では、患者数の増加によって通常診療を縮小せざるを得ない状況が惹起され、診療レベルを低下させないために医療者は大変苦労しているところです。

 スペイン風邪などのパンデミックを振り返ってみると、COVID-19においても第1波の落ち着いた後、第2波、第3波が襲ってくることは確実です。暫定的な流用治療薬を手始めとしても、やはり特化した治療薬、そして効果的なワクチンの早急な開発が望まれます。COVID-19という難しい感染症とうまく付き合いながら、通常の、そして高度な消化器病診療を維持・向上させていくことが我々に課された使命であると自覚し、日本消化器病学会としてさらなる努力を続けて行く所存です。


 

日本消化器病学会理事長
東京大学消化器内科学 教授

小池 和彦

小池 和彦 近影
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