一般のみなさまへ

健康情報誌「消化器のひろば」No.24-2

 ずばり対談 心を見る― 野球監督という仕事 ―北海道日本ハムファイターズCBO・前野球日本代表「侍ジャパン」監督 栗山英樹/札幌医科大学消化器内科学講座 教授 仲瀬裕志

昨年3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、見事14年ぶりの優勝を掴みとった野球日本代表「侍ジャパン」。大谷翔平選手ら数々の名選手たちの鮮やかなプレイ、彼らが織りなす熱いチームワークとともに、ベンチで彼らをいつも静かに見守っていた栗山英樹監督の姿は記憶に新しいのではないでしょうか。監督の役割は言うまでもなく勝つためにどう戦うかを考え指揮することですが、選手たちの体調管理や精神面を支えるという重要な役割もあります。北海道日本ハムファイターズの、そして侍ジャパンの監督として、栗山さんはどのように選手たちを支えたのでしょうか。仲瀬裕志先生がお話を伺いました。

(2023年10月17日収録)

チーム作りが仕事の8割

仲瀬
2023年3月のWBCで14年ぶりの優勝に至るまでの試合にはとても感動しました。栗山監督の侍ジャパンは、戦国時代で言えば一騎当千の武将が集まった、非常に多様性の高いチームでした。まるで一つのオーケストラのように、栗山監督がタクトを振られて奏でる様々な音楽に私たちは魅了され、聴き入っていたように感じました。

栗山
ありがとうございます。そう言っていただくと嬉しいのですが、私は何もしていないのです。ただ選手たちが頑張ってくれて、一番良いタイミングで監督をさせてもらったと思っています。よく「なぜ勝ちきれたのか」という質問をいただくのですが、正直に言えば不思議な“勝ちあり”、不思議な“負けなし”でした。一流の選手が魂から本気になって、己を捨ててチームのために尽くそうとすれば、あんなすごいことが起こり、皆さんに感動が伝わるのだろうとベンチでも感じていました。「人って本当にすごい」と。

仲瀬
侍ジャパンの監督に就任されることが決まって、試合の始まる1年以上前からチーム作りに着手されていました。各球団の選手たちには栗山さんが直接交渉されたそうですね。

栗山
はい。監督の仕事はチーム作りが非常に重要な要素で、イメージ通りのチームができれば仕事が8割方終わったようなものです。これまでの日本代表チームではNPB(日本野球機構)から12球団経由というルートで選手に伝えるのが通例でしたが、選手の表情を見ながら直接話さなければこちらの思いも伝わらないですし、逆に選手の思いも伝わってきません。私は「それではだめだ」と、選手一人ひとりに直接会い、会えない選手には電話をしました。野球に対して純粋に心躍るような思いを持つ選手を集めなければWBCでは勝てないと思ったのです。電話ででも直接話せば「もしもし、栗山ですけど」と言った瞬間に選手の思いや空気感が伝わりますから。

“本気で選手のことを考えているか”

仲瀬
医療界でも現在は主治医一人ではなく、多職種で患者さんを治療していく「チーム医療」が拡がっています。迅速な意思決定のためにチーフは置いていますが、“チーフがこう言ったらそれで決まり”ではなく、様々な専門性を持つ医療スタッフの意見を取り入れて治療を進めていきます。今回、侍ジャパンにはキャプテンを置かなかったそうですね。

栗山
それは全員に「他人事にしないでくれ」と伝える意図でした。私は監督とは先生がおっしゃる“チーフ”であり中間管理職だと考えています。しかし、医療にたとえるなら「執刀医はこの先生だから先生に任せよう」と考えず「いやいや、執刀医以上に私が治すんだ」と思ってほしい。つまり、選手に自立してほしいと求めたのです。試合に出ていない選手も「俺が勝たせる」「俺のチームだ」と思う、その魂がチームを勝たせるのだと思っていました。

仲瀬
著書(『栗山ノート』『栗山ノート2 世界一への軌跡』)では選手のコンディションを見極め、けがを未然に防ぐことも重要な仕事だとおっしゃっています。

栗山
それは一番気になることでしたし、一番難しいことでもあります。力のある選手たちですから、心身ともに元気な状態で試合に臨んでもらえれば結果はついてくると考え、とにかく“見る”―― 客観的に少し離れたところから選手を見るという作業を常にしていました。たとえばいつもはコーチとしゃべってからグラウンドに出る選手がその日は素通りしたりすると「何かあったのかな」と考えるわけです。普段の動きと違うのはなぜか、要因を見つけるようにしています。

仲瀬
選手をしっかり見て、抜群のタイミングで声かけをされていらっしゃいます。ネガティブな感情をポジティブな方向から見て再構築する「ポジティブ・リフレーミング」という心理学の手法があるのですが、まさにそれを自然な形で取り入れておられることに驚きます。どこで学ばれたのですか。

栗山
先人の知恵に頼っています。私は、歴史とはデータであると考えています。つまり人間がどういう行動をするとどういう結果を出すか、歴史には何千年という積み重ねがあり、自分の困っていることもかつて誰かが経験し、結果を出していることなのです。私は書物にそれを見つけに行き、先人たちから教えてもらったことを私なりの形に変えてやっていました。どういうタイミングでどういう言葉をかければ良いのか悩みますし、自分も苦しい。本当にわからないです。ただ、普段からその選手のことをちゃんと考えている自分がいるかどうかが大事であって、それができていれば方法論はいろいろあって良いと思います。声をかけてはいけないときにかけてしまったということがあっても、本気であれば選手にその思いは伝わっているものです。要は根底に愛情を持っているかどうかだと思います。大学時代は小学校教育を専門に学びましたが、理論よりも実際に現場で苦しんでいる子供をどうしたら手伝ってあげられるのかという思いが先に立っていましたね。

ストレス発散には勝つしかない

仲瀬
監督というお仕事のストレスは半端ではないだろうと思います。何万人という観客の前でお仕事をされ、しかも試合に勝たなければいけない。ストレスは胃や腸の動きや働きとも密接な関係があります。病気とまではいかなくてもおなかの動きに異常が感じられたりするものですが、調子はいかがですか。

栗山
毎年健康診断を受けていて特に問題はありませんが、胃薬はほぼ毎日のように飲んでいました。勝ち負けのことしか考えていないときには食生活にも意識が向かず、カレーライスやラーメンとか、食べやすいものしか食べなくなってしまいます。周囲にはストレス発散にあれこれとやってはどうかと勧められますが、何をしても絶対にストレス発散にはなりません。若い選手たちの成長を見られる喜びはありますが、ストレスを発散するには勝つことしかないのです。でも、ストレスがあり、乗り越えるべき壁があるからこそ人間は頑張れるし、必死になれる自分がいてこそ“生きている”と実感できます。大きな壁に向かっているときは苦しいのですが、それでも“ストレスは最高!”だと思います。その意味ではWBCが終わった今はちょっとつまらないのです(笑)。

仲瀬
栗山さんは毎日「野球ノート」を書いておられるそうですね。ノートに書くことで自分の気持ちの整理をし、ストレスをやわらげている可能性もあるように思います。自分を客観的に見ることができて、すっと落ち着くという。

栗山
本当にその通りです。嫌なことや苦しいことがあっても、先人の良い言葉に出会ってそれを書きながら「明日からこうしよう」と思っていると、勉強できたような気持ちになり、前に進んだ感じがあります。それがマイナスな気持ちをゼロに戻してくれて、自分にとってプラスになっていたと思います。

仲瀬
まさに心理学の専門家が指導していることを自然になさっていますね。

栗山
毎日、選手の心の中を読み取ろうとしているだけなのです。あの選手は何が苦しいのか、なぜ思い切っていかないのか、なぜうまくいっているのか、なぜこんな行動を取るのか――。選手が100%心を開いてくれさえすれば良い方向に向かうという感触があるので、常にそんなことばかり考えています。

監督の仕事は危機管理

仲瀬
かたや、試合の展開がピンチのときにも栗山さんは全く表情に出されません。監督の心の中は読み取られにくいですね。

栗山
それは訓練しました。テレビ中継があると打たれた瞬間、監督の顔がカメラに抜かれます。その瞬間の顔を打たれた選手の家族が見たりして嫌な思いをさせてはいけないと思い、何があっても表情を変えない準備はしています。そう言いながらも熱くなるのですが……。監督の仕事は危機管理なので、常に打たれるイメージを先に持つようにしています。思っていたことが実際に起こってしまうこともあるので、嫌ですけどね。実は一番気をつけていたのは試合中の立ち方です。ベンチでも背筋を伸ばしてまっすぐに立つように心がけていました。指揮官がフラフラしていると選手が不安になると思い、気をつけていました。

仲瀬
なるほど、上の者がうろたえてはいけないということですね。栗山監督がされてきたことは、私たち医療の分野にも通じる重要なことで、とても勉強になりました。全国の大学医学部でも講演していただきたいほどです。そして、冒頭では謙遜されていましたが、WBCで侍ジャパンが世界一になれたのは栗山監督の力が大きいとあらためて思いました。これからの日本の野球についてどのような期待をお持ちですか。

栗山
子供たちがキャッチボールできる場所が少なくなり、野球をやれる環境がなくなってきている中で、2028年のロサンゼルスオリンピックで野球が正式種目になったことは本当にありがたいことです。野球は“無私道”、己を捨ててチームメイトを活かすという人にとって大切なことを身につけられるスポーツですので、これからも残っていってほしいと願っています。

仲瀬
著書にも“野球、スポーツを通じて笑顔の拡がる社会を作りたい”と書いておられます。医療、医学の分野でもいかに患者さんに笑顔や安心感を与えることができるかは大切ですので、その点は共通すると思います。栗山さんにはこれからもぜひご活躍いただいて、私たちに勇気と元気を与えていただけたらと思います。今日はどうもありがとうございました。

構成・中保裕子

プロフィール

栗山 英樹(くりやま ひでき)
1961年生まれ、東京都出身。創価高等学校、東京学芸大学を経て1984年ドラフト外でヤクルトスワローズへ入団。1989年にゴールデングラブ賞を獲得し、1990年シーズン限りで現役引退。引退後はスポーツキャスター、白鷗大学教授などを歴任。2012年に北海道日本ハムファイターズの監督に就任。2021年まで10年間、指揮を執りパ・リーグ優勝を2度経験。2016年には日本一に輝き、正力松太郎賞を受賞。2022年から野球日本代表「侍ジャパン」トップチームの監督を務め、2023年の第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で3大会ぶりの優勝を果たした。2024年1月より、北海道日本ハムファイターズのチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)に就任。

仲瀬 裕志(なかせ ひろし)
1964年生まれ、京都府出身。1990年に神戸大学医学部を卒業。2001年に京都大学大学院医学研究科内科系専攻博士課程修了。米国ノースカロライナ大学消化器病センター博士研究員、京都大学医学部附属病院内視鏡部部長などを経て、2016年より札幌医科大学消化器内科学講座教授に就任。専門は消化器病、消化器内視鏡、炎症性腸疾患など。『消化器のひろば』広報委員長。

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