最近、がん医療の中でMSI検査が注目されています。MSIはmicrosatellite instabilityの略で、日本語ではマイクロサテライト不安定性を意味します。マイクロサテライトはゲノムDNA上の1 ~ 5塩基を単位とする数回から多くて100回程度の単純反復配列(リピート)を指し、ゲノム全体に多数存在します。たとえば、1塩基反復配列G9なら-GGGGGGGGG-、2塩基反復配列(CA)9なら-CACACACACACACACACA-という反復配列です。DNAポリメラーゼ(合成酵素)はゲノムDNAの複製の際に、これらマイクロサテライトのリピート数に間違いを起こしやすく(複製エラー)、たとえば( CA) 9を(CA)7や(CA)8 あるいは(CA)10や(CA)11のように、1~2個少なく、または1~2個多く複製することがまれに起きます(図1)。一部のがんでは、がん細胞由来のマイクロサテライトにリピート数の変化(欠失または挿入変異)が高頻度で認められるため、マイクロサテライト不安定性(MSI)と呼ばれています。
また、このMSIタイプのがんには大腸がんを中心とするリンチ症候群(頻度が高い遺伝性腫瘍の一つで、以前は遺伝性非ポリポーシス大腸がんと呼ばれていた)が含まれます。この単純反復配列の複製エラーはDNAミスマッチ修復機構が修復するため、単純反復配列の異常は、DNAミスマッチ修復遺伝子の機能障害により引き起こされることが明らかにされています(図1)。非遺伝性のがんに見られるMSIの原因は、DNAミスマッチ修復遺伝子の一つMLH1遺伝子のプロモーター領域のメチル化によりMLH1タンパク質の発現低下が原因であることが知られています。また、リンチ症候群(遺伝性)の場合は、DNAミスマッチ修復遺伝子の変異によって引き起こされていることが判明しています。その後1997年に、米国国立がん研究所がこのMSIの検査方法の統一を呼びかけ、5つのマイクロサテライトマーカーを検索し、2個以上のマーカーが不安定性を示す場合を高度なマイクロサテライト不安定性を有するとしてMSI-H (microsatellite instability high) と呼ぶことを定義しました(図2)。
最近、MSI-Hのがんは大腸がんに限らず免疫チェックポイント阻害薬の治療効果が高いことが明らかになり、日本でもその一つである、抗PD-1抗体薬ペムブロリズマブに保険適用が拡大されました。このような経緯から現在、がん組織から抽出したゲノムDNA中の高頻度マイクロサテライト不安定性(MSIHigh)を検出する検査をMSI検査と呼び、いくつか異なるマイクロサテライトマーカーを種々の方法で調べることで診断が可能になりました。MSI検査は以下の2つの目的で使用されています。
(1)リンチ症候群の診断目的(MSI-Hの場合、前出のDNAミスマッチ修復遺伝子の変異を別途調べて診断を確定する)
(2)ペムブロリズマブ( 商品名キイトルーダ®)の局所進行性または転移性のがん患者への適用を判断するためのコンパニオン診断(医薬品の効果や副作用を投薬前に予測するために行われる臨床検査)