「花の82年組」としてデビューし、80年代を代表するアイドルの1人として知られる早見優さん。50代の現在もその魅力は変わらず、音楽活動のほかダンス・フィットネスのインストラクターとしても活躍されています。2人の娘さんの母としても健康・美容の両面から“腸活”=腸の健康に興味をお持ちの早見さんから、腸内細菌に詳しい内藤裕二先生へいろいろな質問をぶつけていただきました。
(2021年4月2日収録)
日本人は世界で最も食物繊維不足
内藤
早見さんはアイドル時代からお変わりないですね。体を動かすのもお好きだと伺いました。
早見
はい、「ズンバ」というダンス・フィットネスが楽しくて、自分でもインストラクターの資格を取り、週1回教えています。そのほかの日も海外の先生方のレッスンをオンラインで受けているので、体は動かしていますね。それと、最近は“腸活”が話題になっているので、いろいろな話を聞いて学び、とにかく食物繊維だけは十分に摂るように心がけています。
内藤
それはすばらしいですね。実は日本人に最も不足している栄養素は食物繊維なのです。終戦直後の日本人は1日25グラム以上摂っていましたが、ここ数年の摂取量は1日14グラム程度です。世界の平均は24グラムですから、今や世界の中でも最も食物繊維を摂っていない国が日本だと言えます。
早見
そんなに少ないのですか。そういえば昔の日本人の食卓には今よりもずっと食物繊維の豊富なおかずが並んでいましたね。
内藤
早見さんは、子供時代は海外で過ごされたのでしたね。
早見
はい。私は3~14歳までグアム、ハワイで祖母と母の料理を食べて育ちました。祖母は自身がヨーロッパで生まれ育ったので作る料理も洋食でしたが、母は和食。きんぴらごぼうや、ひじきなどを食べて育ちました。今は私がひじきを出すと、娘たちに「これ何?」と言われてしまいます(笑)。
内藤
実は米をあまり食べなくなったことも食物繊維不足の原因なんです。炭水化物にも食物繊維が含まれているのですが、今は糖質制限が流行り、炭水化物の摂取量が減っています。おかずも大事ですが、私は1日3回の主食のうち、1回は黒いもの、つまり「玄米」「麦ごはん」「全粒粉のパン」を食べて食物繊維を摂ることをおすすめしています。
「何を食べるか」より「食べ方」が大事
早見
腸内細菌の種類や数のバランスは人によって異なると聞きますが、現代の日本人は、やはり腸内細菌のバランスも悪くなっているのですか?
内藤
もともと日本人の腸内細菌にはビフィズス菌が多く、世界の中でもとても優れています。しかし、それはこれまでの何千年という歴史で作られてきたもので、この約50年の間に悪くなりかけています。
早見
食生活が変わったからでしょうか?お米からパン生活に変わり、食物繊維も摂らなくなりましたし。
内藤
それに加えて動物性脂肪の摂取量が増えたこともあります。私は京都府北部にある京丹後地域のご高齢者の生活と腸内細菌の研究をしています。ここは100歳以上の方の人口10万人あたりの人数が、東京に比べ3倍という長寿の地域です。毎朝畑に出て、そこで採れたものを食べる自給自足のような生活ですから、腸内細菌のバランスが非常に良い。ところがその子供、孫の世代には腸内細菌が引き継がれておらず、やや悪くなっているのです。その要因としては動物性脂肪と砂糖と塩があります。この3つをなるべく減らすことのほうが大事ですね。
早見
私はお肉が大好きで、牛肉、鶏肉、豚肉といろいろですが、食べる頻度はすごく高いです。どうしましょう(笑)。
内藤
早見さんは運動もしておられますよね。規則的に運動している人は腸内細菌叢の状態が良いのです。でも、お肉を食べるならできるだけ脂肪が少なく高タンパクな赤身の肉、鶏のささ身、魚なら上質なかまぼこをおすすめします。そして、食べる時間が大事。夜遅い時間、寝る4時間前以降は避けたほうがいいですね。よく「お腹がすいたら寝られない」と言いますが、それは嘘です(笑)。
早見
私もたまに夜の会食にお招きいただくのですが、おなかいっぱいに食べた夜はかえって目が覚めてしまいますね。
内藤
私たちはもっと人間の体のリズムに合わせて食べることを考えなければいけないのだろうと思います。私たちの体にとっては“何を食べるか”より“いつ食べるか”のほうが大事かもしれません。これは「時間栄養学」とも呼ばれています。巷には「この食べ物がいい」「これは良くない」という情報ばかりあふれていて、本当に大事なことは何かということを、私たち消化器科の医師としても一般の人にきちんと説明できていないという反省があります。やはり食はとても大事なので、食べ物で腸内細菌を良い状態にし、食べ物で健康になっていただくのが大事です。お肉の好きな人がいつ、どう食べたらいいのか。これからは「焼く」「揚げる」など、調理法も議論しなければならないと思っています。
0歳時からの腸内細菌
早見
私の娘たちが小さかった頃、おむつ替えのときに便を見ることで健康かどうかがわかりました。新生児の頃は便のにおいはしないのに、だんだんにおいも変わってきて、成長の過程で便の大切さを見てきました。腸内細菌の種類や数はいつ頃決まるのですか?
内藤
3~5歳でほぼ決まると言われています。ところが最近、お母さんの妊娠時の体重や出産方法でも異なることがわかってきました。出生時の体重が2500グラム以下の小さい赤ちゃんを「低出生体重児」といいます。日本はやせているお母さんが多いため、低出生体重児の割合が新生児全体の10%を超えています。そして、その子供たちが小~中学生になると肥満になりやすく、その要因には腸内細菌のバランスの悪さがあります。また、帝王切開で生まれた赤ちゃんには、お母さんの持っている腸内細菌がうまく受け継がれにくいと言われています。
早見
そうか! 自然分娩なら赤ちゃんが産道を通るときに移るのですね。
内藤
そうです。もともと無菌状態の赤ちゃんが、自分の腸内細菌をどう作れるかは生まれた後の環境で決まります。きれいすぎる環境は良くありません。米国では帝王切開で生まれたお子さんには、最初の母乳をあげるときにお母さんの便も飲ませるといった研究も発表されています。お母さんの腸内のビフィズス菌を移すためです。
早見
無菌、無菌のきれいすぎる環境はかえって良くないんですね。
内藤
はい。赤ちゃんが兄弟やペット、田舎の自然などからいろいろなものを吸収することで、多様な役割を持つ多彩な腸内細菌を持つようになります。1人あたりの腸内細菌は100兆個と言われていますが、多様な細菌がたくさんいるほうがアレルギーにも強く、免疫力も高いということがわかっています。私たち消化器内科の医師も、産婦人科や小児科の先生方と一緒に取り組んでいかなければいけないと思っています。
腸内細菌を「治療」に使う時代へ
内藤
最近は良い腸内細菌を病気の治療にも使うようになってきました。「偽膜性大腸炎」(注)という病気で、抗生物質を投与するとどんどん病原菌が耐性を持ち、薬が効かなくなるので、健常な他人の便を投与するのです。
早見
すごいですね。その便には腸内に相当に良い細菌がいるのでしょうね。
内藤
臓器と同じで移植といい、便提供者をドナーと呼びます。米国では便のドナーバンクがあり、良い便であれば売れます。日本人にとっては他人の便を投与されるのは抵抗があるかもしれませんが、世界では一般的な治療法になっており、今日本でも臨床試験が行われています。ほかにも健常な人の便を様々な難病に使おうと研究が進められています。
早見
壮大なサイエンスですね。今日のお話から、腸内細菌や生活のリズムの大切さを改めて見直しました。私は15歳から芸能界で仕事を始めましたが、毎日が緊張する環境で、仕事中は自由にお手洗いに行けないこともありました。それで10代の頃は便秘に悩んでいたのです。それが20代後半から運動を始め、自宅でも腹筋運動をするようになってから改善しました。腸内細菌が元気で便通が良いということは、健康の基本だと思います。
内藤
ぜひ現在の運動と規則正しい生活のリズムをこれからも継続してください。本日はありがとうございました。
注 偽膜性大腸炎
抗生物質の服用により、腸内細菌のバランスが崩れて特定の菌種が異常に増えることによって起こる、感染性大腸炎の一種。ほとんどがクロストリジウム・ディフィシル菌によって起こり、この細菌の産生する毒素によって大腸の粘膜が傷害され、内視鏡検査では大腸の壁に小さい円形の膜(偽膜)が見られる。高齢者や腎不全、がん、白血病などの重篤な基礎疾患を持つ方で発症が多いとされている。
出典:厚生労働省「重篤副作用疾患対応マニュアル 偽膜性大腸炎」平成20年3月
構成・中保裕子